その男は喫茶店にはいると、高校生の男女が座っている席を見つけてニコリと笑みを浮かべた。そして、その席に近づき、女子生徒に向かって明るく声をかけた。
「やあ『とみて』、久しぶりだね。こちらは君の彼氏かい？」
「えっと、、、あの、、、」
「なんのご用でしょうか？『たまのお』さん」
いきなり声をかけられてとまどう男子生徒、倉橋保、をよそに女子生徒、『とみて』こと日高静香、は冷たく言い放った。『たまのお』と呼ばれた男はその言葉に含まれるとげを気にもとめず話し続けた。
「コーヒーでも飲もうと思って喫茶店に入ったら、たまたま君たちを見つけたものでね。知人を無視するのも失礼だと思って声をかけただけだよ。この店は良く来るの？」
「ええ、おいしいコーヒーを淹れてくれるので。鬼塚さん、、、ですよね。日高さんのご親戚だったんですか？」
少し落ち着いたらしい保の答に、鬼塚は感心したように言った。
「いや、覚えていてくれたとはうれしいね、倉橋君。確か、うちの新社屋落成パーティーの時にお父様と一緒に来てくれてたよね」
「はっはい、、、」
鬼塚が自分の事を覚えていた事の意外さに、保は再び口ごもった。そんな彼をよそに鬼塚は静香に話を振った。
「ところで、今度彼氏と伊勢まで遊びに行くんだって？」
「、、、、どこでそれを？」
「いやあ、高校生のうちから婚前旅行とは。日高さんの所はさばけているなあ」
「私は、あなたが誰にそのことを聞いたか質問してるんだけど」
「まあ、そんな事は良いじゃないか」
「…」
「…いや、デートの邪魔して悪かったね。僕は向こうへ行くよ。マスター、ホットを一つ。カウンター席に座らしてもらって良いかな」
「…保、出ましょ」
「機嫌が悪そうだね。鬼塚さんと何かトラブルでもあるの？」
喫茶店を出てから保が静香に聞いた。
「別に。ただあの人が気に入らないだけ。何かを企んでるみたいで。それに、気がついた？」
「何を？」
「私たちが伊勢に行くのは『ちちり』に呼ばれたからよ。同じ南の人間の『たまのお』が知ってても不思議じゃない。ただ、それなら普通に『ちちり』に聞いたと答えるんじゃない？」
「そう言われれば、確かにそうだね」
「と言うことは、『ちちり』は今回のことを『たまのお』に隠している。つまり『たまのお』は南の人たちからも信頼されていないのよ」
「それは君が、誰に聞いたのかを聞いたからじゃないのかい？井戸田さんの名前を出すのはまずいと思ったのかもしれないよ」
「そう言われてみればそうかも…」
「確かに『二人で伊勢の別荘に遊びに来ないか？』と井戸田さんに誘われたのはびっくりしたけど。そんなに神経質になるほど裏がある話じゃないと思うよ」