『以上、「日本のへそタワー」建設の話題でした。ええ、少々お待ちください。ただいま入りましたニュースです。本日午後二時頃東京都××市で刃物を持った男が通行人に斬りつけ……』
「最近多いわねえ、通り魔事件。何とかならないのかしら」
突然のニュースに蕎麦を手繰る手を止めて言ったのは、私の親友の黒木彩花。
「何とかしょうか？」
とんでもないことを言い出したのは、彩花の義理の姉に当たる両角真琴。
「ちょっと。あなたが何とかするって、妖怪の仕業だって言うの？」
「意味もなく他人を殺す人間なんていない。おおかた『通り悪魔』が取り憑いたんでしょ。まあ『じゃあ何とかして』と言われても、相手が『通り悪魔』ではちょっと難しいけどね」
「へえ、『あやかし狩り』の一族でも狩れないあやかしがいるのねえ」
真琴はあやかしを狩ることを生業とする一族の末裔であり、その技を受け継いでいる。今風に言えば妖怪ハンターか。
「『通り悪魔』はいつどこに出るかわからないからね。準備を整えてさあ狩りに行こうと言うときに旨いこと出くわせばいいけど、そう簡単にはいかない。ある程度行動パターンがわかっている相手とは違うよ」
「真琴はいつも用意周到だからね」
あの時もそうだった、私がかつて真琴に狩られた時も。そう、私、雉田雪乃は半分妖怪なのだ。元々雉田家は妖狐の血を受け継ぐ一族ではあったのだが、それで満足できなかったのか私の父はさらに妖怪『濡女』を妻に迎えた。それが私の母。そしてその二人の血を引く私は妖怪の力を持ってこの世に生を受けることになった。そして、思春期の頃の私はその力を制御できず、このままでは人を殺しかねない状態にあった。そして、それを恐れた者の追っ手がかかった。それが真琴だった。追っ手を放った者は、、、、、、、、、、私の父だった。
思い出したくない過去なのに、しょっちゅう顔を出す。
「まあ、だから臨機応変にいろいろ対応できるんだよ。あやかしを殺すだけでなく、場合によっては封じるだけですましたり」
そのことについて、私は彼女に借りがある。真琴が私を狩りに来たとき、私と彼女は命がけの死闘を繰り広げた。それなのに彼女は私の命を奪わず、単に妖怪としての力を一時的に封じるだけで事を終わらせたのだ。殺されても文句が言えない情況だったのに。父は私が死ぬことを望んでいたのに。
「それはともかく。真琴、あなた本気で『意味もなく他人を殺す人間』がいないと言い切れるの？」
「もちろん」
真琴の即答に、彩花は「かかったな」という顔をしてさらに聞いてきた。
「あなた、『今昔物語の条』は読んだことある？」
「星崎一族の歴史書に書いてあるあやかしが生じた経緯を書いた部分のこと？和弥に見せてもらったよ。確か『大宮人は、従う者を式と呼び、まつろわぬ者を鬼と呼ぶ。人を人と扱わぬは怪しきことなり』で始まって、『この頃はやりし今昔物語にては式鬼のたぐいを人外となす。成り上がりしもののふどもが己の出自を消さんとするか』とあった後に、『鬼を見る者あり。鬼は人外なりと言う』の三つの文章の事だよね」
「そうそう。朝廷に式とか鬼とか呼ばれて人間扱いされてなかった武士が、後に自分の地位が向上した後で昔人間扱いされていなかったことを隠そうとした。でも、式とか鬼がいたという記録は消せないから、それらを文字通り人間じゃないと言い始めた。そうしたら本当に人間じゃない鬼が発生してしまったという話よ。つまりあやかしは人間の想像力が生み出したものなの。そうだとすると『通り悪魔』のようなあやかしはどうして生まれたのかしら？『意味もなく他人を殺す人間』を見た人が、そういうことをする理由として考え出したものだと思わない？」
「理屈は通ってるね。だけど『意味もなく他人を殺す人間』がいなくても『通り悪魔』のような無差別殺人をやらせるあやかしを想像することはできるよ。戦争なんかでは人を殺すのは当たり前でしょ？そういう状況下で普段虫も殺さないような人が大勢の敵を殺したら、周りの人間は彼が何かに取り憑かれたと思うんじゃない？」
またいつもの言い争いが始まりそうだ。彩花は別に人間の本質について問答したいわけではない。ブラザーコンプレックスの彩花は、言葉尻をとらえて愛する兄を取っていった真琴を言い負かすことで溜飲を下げたいだけなのだ。でも、理屈では真琴も負けてはいない。最後にはどうせぐだぐだになって終わるのだろう。
そう思っていたところに、言い争いの根本原因がひょっこりと顔を出した。
「やあ、やっぱりここにいたのか。三人で出かけると言ってたから、昼はここで食べてると思ったんだ」
両角和弥が店に入ってきて私たちのいる席に座った。これといって特徴のない平凡を絵に描いたような男。女の私の目から見ても惚れてしまいそうな二人の女性 ―真琴と彩花― から思いを寄せられているとは信じられない。いや、そういう私も昔密かに思いを寄せていたことがある。いったいどこに憧れたのか。今では思い出せない。
「兄さんなんの用です？」
「いや、彩花には関係ないんだ。真琴と『えきへ』にお願いがあるんだが、来週岡山までつきあってもらえないか？『からすき』も一緒に行く。西沢の本家から依頼された仕事を手伝ってほしいんだ」
「あやかし狩り？相手は何者？」
「そうと決まったわけではないよ。できればそうなってほしくはないけど。詳しいことを説明しよう」
そういって、彼は仕事の説明を始めた。