いい加減うんざりだ。どうしてこの人達は、飽きもせず同じようなメンバーでしょっちゅうパーティーをやっているのだろう？
そこそこ古い家柄であることをのぞけば完全無欠な庶民の家に生まれ育った私としては、初めて出席したときこそそのセレブな雰囲気にうっとりもしたものだが、こうしょっちゅうでは些か食傷気味にもなってくる。それでもまだテーブルについてのパーティーなら次々と運ばれてくる料理の目新しさで退屈を紛らすこともできるが、今回のようなスモーガスボードスタイルの立食パーティーは最悪だ。入れ替わり立ち替わりついこの間あったばかりの知人が挨拶にやってくる。もちろん庶民出の私なんかに敬意を払うためではない。私の隣に立っている配偶者、火浦グループの未来の総帥火浦礼次郎に敬意を表しにくるのだ。私と言えばその横でニコニコと作り笑いをしているだけの存在だ。
しかし、そもそもこの会は私の高校の同窓会ではなかったか？まあ、私の通っていたK学園という高校は、原則小中高一貫教育で親の年収を平均すると数千万になるのではないかという超金持ち学校だからしょうがないのか。なぜ私のような庶民がそんな学校に通っていたかと言えば、私の実家の唯一庶民的ではない点である家柄と私の配偶者の為であった。火浦の家と私の実家の犬飼家は、かなり血筋は遠いながらも僅かにつきあいがある親戚なのだ。その僅かなつきあいの筋を通じて、両家の間で礼次郎と私の婚約が決まってしまったのだ。二人のあずかり知らぬところで。そして私は、火浦家の嫁にふさわしい教育を受けるために、K学園高等部に入れられたのだ。
こんな言い方をすると、礼次郎と私の夫婦仲は寒々しいものだと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。そのことは私にとって、なかなかなじめないセレブな環境での唯一の救いである。こういうのを惚気というのだろうが、礼次郎は優しくて、気も良く合い、私にとっては理想の夫なのだ。そうだ、ここは礼次郎の優しさに甘えてしまおうか。
「礼さん。もうそろそろ失礼しません？」
「ああ、夏実が帰りたいならそうしよう。この会は別に僕らがホストや主賓というわけでもないから、中座してもかまわないだろう」
やっぱり礼さんは優しい。こういうときに私の気持ちを一番に考えてくれる。じゃあ、ということで帰りかけたときに、
「あら夏実さん、もうお帰りになるの？」
と一番会いたくない人間に声をかけられた。金持ち学校K学園においてすら「あの方は裕福でいらっしゃるから」と言われるという大財閥のご令嬢、高辻沙織お嬢様だ。財力に応じた権力も持っており、学校ではいつも取り巻きを侍らせてわがまま放題していた女だ。
「ええ、少し体調がすぐれなくて」
私はそういって精一杯弱々しい笑顔を見せる。いけ好かない奴だ等という思いはみじんも見せないように。これくらいのことができないようではセレブな世界では生きていけない。
「それはいけませんわ。お大事になさってね。でも、夏実さんとはあまりお会いすることがないから、せっかくの機会に残念だわ」
「ごめんなさいね」
会う機会がないのは私が避けているからでもあるのだが、そんなことはおくびにも出さない。
「そうそう、会う機会がないといえば、真央さんともあまりお会いできないのよねえ。今日の会にもおいでになっていないみたいだし」
真央というのは、私たちの同級生でこちらも大財閥のご令嬢だ。学生時代には沙織のライバルだった。といっても、沙織の方が一方的にライバル視して突っかかっていただけだ。何しろ真央と来たらおっとりした性格で、対抗意識の欠片もないのだ。だから、学業であろうとファッションであろうと沙織が対抗意識丸出しで勝負を挑んできても、柳に風と受け流されるだけなのだ。それで沙織が一方的に勝ち続ければいいのだろうが、真央は頭脳明晰センス抜群なので良い勝負が続いてしまうことになる。それがさらに気に障るのだろう、沙織の一方的なライバル心はさらに燃え上がっていたのだ。
「夏実さんは真央さんと親しくなさってらっしゃいましたよね。御伝言をお願いできないかしら」
確かに真央は私の親友だ。しかも、真央のフィアンセの土屋さんは火浦家の本家筋の人間だから会う機会も多い。だからといって、小なりとはいえ仮にも一つの企業グループを将来率いる人間の妻をメッセンジャーガールに使おうとは。
「ええ、よろしくてよ。どんなお話かしら？」
素直に受けてしまうところが庶民出の悲しさだろうか。正真正銘のお嬢様の迫力には勝てない。
「こう伝えてくださいな。『三神像の中の宝は私がいただきます。今度こそあなたが残念がる様子が拝見できると思いますわ』と」
へ？
「『三神像の中の宝』って、あのK学園七不思議の？そんなものが実在するとおっしゃるの？実在したとして、それがあなたを満足させるほどのものなの？」
「ご質問への答えは両方ともイエスよ。『三神像の中の宝』はすばらしい物だわ。それがどんな物かは、私が手に入れたら夏実さんにも教えて差し上げるわね」
この人大丈夫だろうか？そう思って礼さんの方を見ると、彼はなぜか深刻そうな顔をしていた。